三島由紀夫のオデッセイ
三島由紀夫は、典型的な戦後の作家の道を辿った。
幼いころ、彼は、ユダヤ的な思考の影響をうけた作家だった。非常にユダヤ的なフランス18世紀末の耽美的な宮廷社会に憧れた。「仮面の告白」は、ユダヤ思考特有の現実に適応できない自意識過剰で混乱した自画像を、描いている。
やがて、彼はユダヤ的な濃密な観念世界に耐え切れず、逃避して、ギリシャ世界の調和美の賛美者となった。「潮騒」など、きちんと設計図通りに描いた小説は、読者も安心して読め、彼の名声を確固とするのに、最適だった。
しかし、彼は、模造西洋小説の作家として、文壇という、ひな壇に、祭り上げられていることに、我慢ならなくなった。
もっと、同時代の日本人の心の深層をつかみ、カリスマとして畏怖されたいという欲望を抑えきれなくなった。
彼は、同時代の日本人の心の深層をつかむ秘密兵器として、仏教、それも、生まれ変わりを教義とする上座部仏教を選んだ。遺作となった四部作で、読者を呪術に掛けようとした。
しかし、彼の構想力は、すでに、劣化し始めており、もっとも、やってはいけない、作家自身が、自分が作った登場人物に乗り移られて、小説世界を現実と誤認する錯覚の罠に陥ってしまった。
彼が、自決したとき、彼は、小説の中の主人公だった。七回生まれ変わって国に報いるという荒唐無稽な小説の中の主人公だった。
ペンで書いた小説のラストで、生まれ変わりを否定した直後、肉体で七生報国の小説の主人公を演じた。ぺんと肉体が矛盾したとき、どちらの三島が、本物の三島かなという謎かけをした。
もし、彼が、持ちこたえて、長生きしていたら、つぎに、儒教や道教をテーマにした、小説を書いていたかもしれない。最後は、日本人の誰もが納得できる神道をテーマにした小説を書いていたかもしれない。
彼は、あまりにも遠くから、帰国の旅を始めた。彼の思想は、ついに、日本まで帰ってくることができなかった。
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