司会者と指導者

3流の司会者は、自分で話を振り、出てきた話を、自分で批判し、ひどいときは茶化し、何が何でも自分が、船長となって、その場の雰囲気や合意を、強引に自分の思うほうにもっていく。
2流の司会者は、みんなに思う存分話をしてもらい、その結果、話があらぬ方向に、飛びまくり、収集がつかなくなってしまう。
1流の司会者は、みんなに思う存分話をしてもらいながらも、さいげなく、意見の、交通整理をして、いつの間にか、みなが、自己主張を通しているにもかかわらず、良い雰囲気になり、意気投合している。
超1流の司会者は、みんなに思う存分話をしてもらいながらも、意見の、交通整理のみならず、新鮮な視点を提示したり、新たな地平を浮かび上がらせることにより、いつの間にか、みなが、初めて到達するような、一期一会の、天上界にいるような、議論の高みに、みなを、連れて行く。
テレビの司会者が何流か品定めするのも一興だろう。日本で、超一流の司会者に出会うことは、ほぼ、ありえないような‥‥。
指導者についても、司会者と、ほぼ、同じことがいえる。